mstk's diary

新聞コラム

産経抄 【アンジェリーナ・ジョリーの乳がん予防のための両乳房切除】乳がんと医学の発達

 作家の中島梓さんが、胸の異常に気づいたのは、37歳のときだ。家には小学生の息子がいる。2ヵ月後には、脚本、演出、音楽を一人で担当するミュージカルの幕開けを控えていた。「こんなことでくたばっているわけにはいかない」。乳がんの宣告を受けて入院した中島さんは、日記にこう書きつけた。

▼右乳房を切除して、4日後にはもうワープロに向かっていた。舞台も成功に終わった。手術から2年後、『アマゾネスのように』(集英社)で世間に闘病体験を公表する。

▼4年前、56歳で世を去った中島さんに、ニュースの感想を聞きたかった。ハリウッドを代表する人気女優、アンジェリーナ・ジョリーさんが、手術で両乳房を切除したことを、ニューヨーク・タイムズへの寄稿文で明らかにした。37歳である。

▼といっても、がんが発症したわけではない。検査で遺伝子の変異がわかり、子供たちの将来を案じて、予防のために行った手術だった。中島さんは夫と相談して、「乳房再建」は行わなかった。ジョリーさんの場合は、最新の再生手術のおかげで前と同じ美しい乳房を取り戻しているという。

▼医学の発達は、驚くばかりだ。それでも、女性の象徴である乳房を失う衝撃の大きさは、男性にはとても想像できない。中島さんは「私の男が私に優しかったのは私の幸運」と書いた。ジョリーさんも、手術に付き添った俳優のブラッド・ピットさんに、「彼というパートナーがいてくれて幸運だった」と感謝を伝えている。

 

春秋 人を救ってくれるカエル達が今危ない

 おびただしい数の変えるが水面に鼻先だけ出して浮かんでいる。手足と体は水槽の中でだらんと垂れ下がっている。物音に驚く様子もない。少しも動かないから、本当に生きているのか、ちょっと心配してしまう。広島大の両生類研究施設が飼う3万匹のカエルである。

▼こんなにのんびりした格好で、彼らはいったい何をしているのだろう。「これは至福の満足かんにひたっている姿なのです」。40年もつきたっているから、特任教授の柏木昭彦さんには気持ちが分かるらしい。カエルにとって、ここは桃源郷なのだろう。きれいな水。広い場所。おいしい食事。毎日が休日であるに違いない。

▼ips細胞の研究は、実験動物のカエルのおかげで進歩した。ストレスなく健康に育つから最高の状態の生体素材になるそうだ。その3万匹の幸せな休日を支えるのは、人間である。10人の世話係に、長い休みはない。餌となる大量のコオロギを卵から育て、欠かさず餌をやり、温度を調節し、水や砂を替え、掃除をする。

▼飼育の達人の小林里美さんは動物が好きで、介護の仕事から転職してきた。そっと手のひらに乗せて触れると、体調が分かるという。そんな環境に敏感な生き物が、いま一斉に地球の異変を告げているそうだ。世界に7千種いるカエルのうち半数以上が「絶滅危惧種」に指定されている。のんびりしてばかりもいられない。

余録 【池波正太郎と司馬遼太郎】相性を超えた共感を楽しむ

 江戸っ子と浪速っ子。東京人と大阪人。何かと比較されるのが二都の人たちだ。金銭への執着とか、さっぱりしているとか、粘っこいとか、初物への態度が違うとか。

▲当たっているのかいないのか、面白おかしく対比するのが世のならい。でも、都会人同士、意外に相性がいい面もあるのではないか。そんなことを思ったのは、司馬遼太郎池波正太郎にあてた手紙やはがきがみつかり、「オール読物」5月号に掲載されていたからだ。

▲〈三月一日でカイシャをやめました。やっとこれで池波さんとおなじ場所で心境を語れます〉〈御作やっぱりほうぼうで好評ですぜ。あんなに照れたりして、せっかく評判を教えたげたのに教えたげ甲斐がありません〉。1960年代前半ごろ、同年(23年)生まれの2人は親しく行き来していたらしい。

▲東京・浅草生まれの池波と大阪市浪速区出身の司馬。司馬はなぜ、これほどまでに池波にひかれたのだろう。池波が死去した時に彼がつづった追悼文が参考になる。

▲そこで池波を「自己陶酔症(ナルシシズム)という臭い気体のふた」をねじいっぱいに閉めていたと評している。司馬は「自己陶酔症」を嫌悪していた。たとえば、先の大戦で軍部などの「自己陶酔」もあって、ひどい経験をしたことは創作の原点だ。そして、その歴史小説は「自己陶酔」と対極的な複眼的思考に貫かれていた。このへんに池波に魅力を覚えた理由があったのではないか。

▲連休中に旅をした人は少なくないだろう。土地柄の違いを味わうのも面白い。でも、相違を超えた共感をみつけるのはもっと楽しい。文人の交流から、そんなことを考えた。

天声人語 【富士山 世界遺産登録へ】麗峰にして霊峰。「富士山」に思う

 親しみも神々しさも、あの形を抜きに富士山は語れない。世界に名峰は多いが、幼児が描いてもすぐそれと分かる山は珍しい。甲州辺りから眺めると、飛び抜けて大きな峰が、日本アルプスの山々を従えるように屹立(きつりつ)している。

▼今ごろの季節なら、蕪村の一句がどんぴしゃだ。〈不二ひとつうづみのこして若葉哉(かな)〉。命みなぎる新緑と、埋(うず)め残されてそびえる富士を、一幅の絵さながらに描く。この山は、どこから眺めても正面のように見える。

▼万葉の昔から、絵師や文人に素材を与えてきた。葛飾北斎の「富嶽三十六景」などは世界的な傑作として知られる。信仰の山でもあり、江戸時代にも大衆の登山が大流行した。あまりの熱気を危ぶむ幕府が、禁令を出すほどだった。

▼麗峰にして霊峰。日本人には特別なその山が、ユネスコの世界遺産に登録の運びとなった。芸術や宗教への影響を思えば、自然遺産でなく文化遺産での登録は、むしろふさわしい。銭湯の湯気にも、これまた似合う。

▼山の形に話を戻せば、往年の名登山家、大島亮吉のこんな短章を思い出す。〈紫匂う夕富士と見たことがあるか。どうしてあんなに火山系の古い山体はやさしく美しいのだろう〉。たしかに、暮れゆく富士を眺めていると、「母なるもの」の輪郭が浮かび上がる心地がする。

▼それぞれの思いを背負って、年に約30万という人が登る山でもある。さすがの霊峰も重いことだろう。いたわり、守る決意を新たにしたいものだ。届いた朗報を喜びながら。

産経抄 【日露首脳会談と共同声明】したたかなロシアに立ち向かうには

 ソ連時代のクレムリンは日本の政治家にとって「鬼門」のようなものだった。例えば昭和31年5月、漁業交渉で訪ソした河野一郎農相である。この巨大な「宮殿」の奥深い一室に招き入れられ、ブルガーニン首相と通訳を入れただけで会談に臨む。

▼日本では強面(こわもて)で知られた河野は、この場面を自著で武勇伝風に書いている。だがソ連通訳の書簡によると、実際はブルガーニンの前に緊張、紅茶をひっくり返すほどだったという。そのためか北方領土問題で「2島返還」の密約を結ばされたとの憶測を生むのである。

安倍晋三首相の父、晋太郎元外相も昭和61年5月、クレムリンでゴルバチョフ書記長と会談した。やはり執務室に向かう途中、強い緊張感につつまれたらしい。舞台装置や政治家の迫力で優位に立つ。ソ連やロシアの十八番であり、領土問題で日本側を翻弄してきたのだ。

▼その安倍首相がプーチン大統領との首脳会談のため、クレムリンに乗り込んだ。写真や映像で見る限り、威圧を感じているようには見えなかった。会談後は「領土交渉を加速させる」という共同声明を発表した。ものおじしない新時代の政治家を思わせた。

▼だが相手のプーチン氏はと言えば、共同記者会見で時折、鋭い視線を安倍首相に浴びせる。日本側記者の質問には揶揄するように応答する。こちろはソ連時代の政治家に負けてない、いやそれ以上の強面ぶりだ。「領土交渉を加速」と言っても容易ではないだろう。

▼だが今回「共同声明」を出せたのは、経済問題を前面に出し無言の「圧力」をかけたためでもある。日本としては経済や文化なども加えた「オールジャパン」で、このしたたかな国に対するしかない。それには国内の戦線を乱さないことだ。

 

春秋 【映画 「船を編む」】日本語は変わり、辞書も変わる。

 辞書をつくる人々を描いた映画「船を編む」には言葉の用例採集の場面がいろいろ出てくる。その言葉が実際にどう使われているか、気になる言い回しに触れるたびカードに書き込んでいくのだ。「それってマジ?なんかキモくない?」。そういうのも対象になる。

▼新語や若者言葉をどこまで載せるべきか。辞書づくりに携わる人は大いに苦心しているに違いない。慎重派あり積極派あり、辞書の個性の現れるところだろう。さて小欄も新語の扱いではよく戸惑う。先日も「真逆」という言葉を使ったところ、読者からお叱りをいただいた。まだ市民権はちょっと……とのご指摘である。

▼たしかに昔はマギャクなんて誰も使わなかった。とはいえ「正反対」の意味を強めた面白い語感だと思うのだが、違和感を持つ人も少なくないことをあらためて知る。新語を使うにせよ遠ざけるにせよ、言葉というものにとても敏感なわたしたちなのだ。新しい言葉や言い回しがどんどん生まれては世の中で試されていく。

▼辞書は男性視点になりがちですーー。映画の原作となった三浦しをんさんの同名小説のなかで、監修の先生が言う。だからもっと多様な立場を反映させた辞書をつくろうとするのが、この物語だ。女性の社会進出が進み、外国人が増え、日本語は恐るべきスピードで変わっていくのかもしれない。したたかな生き物である。

余録 「山の国」日本

 日本は山が多い国である。南北、中央アルプスのみならず、列島を縦横無尽に山脈が走り、全国各地に小アルプスがある。都市の平野部ではちょっとした出っ張りにも山の名が冠され、田舎に住めば日常的に里山や裏山との緑ができる。

▲「日本山名総覧」=武内正 著、白山書房=によると、2万5000分の1の地図に載っているだけでも計1万6667あるという。都道府県数で割っても1県につき355。いかに日本が山の国であるかがよくわかる。

▲それゆえに、山は古代から人々の生活と切り離せない存在だった。山は自然の循環作用の中で、生きとし生けるものを育んできた。人々もまた、山に生かされ、山を信仰の対象とし、近年では登山というレジャー、スポーツで山から健康と達成感までもらうようになった。

▲そんな山の恵みに感謝し、豊かな自然を次世代に引き継ぐために「山の日」を作ろう、との運動が盛り上がっている。日本山岳会などが中心で、4月には谷垣禎一(たにがき・さだかず)法相を顧問とする超党派の応援議連も発足、6月の第一日曜日を「山の日」とする祝日法案を国会で成立させたい、としている。

▲確かに、「海の日」(7月の第三月曜日)があって、「山の日」がないのは寂しい。古事記の海幸彦、山幸彦の神話ではないが、日本の国土や成り立ちを考えてみると、なおさらである。

▲そういえば、海洋立国論がおおはやりである。中国は海軍力を増強させ、日本も海洋戦略を強化する構えだ。海の幸を否定するものではないが、山の幸のありがたみも忘れたくない。この連休、遭難には十分注意しながら山の良さを今一度見直したい。